前代表社員長崎真人自分史
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第二部】第二話 引揚後の郷里での苦闘の日々(10)
 
簡単な面接試験で


 その木造の教室のひとつに、色白で物柔らかな口調の教授が二人、机の向こうに座って、口頭で人物調査のような質問をしたり、ドイツ語の童話の本の1節を示して「読んで訳して見給え」と言うような簡単な面接試験だった。
 私は何の準備もなく臨んだのであったが、幸いドイツ語には自信があった。戦後の混乱期ながら、私は、細胞や生命の起源を論じた小論など、古本屋で漁って原書で読んでいたので、久しぶりのドイツ語ではあったが、童話の類では、つかえもせず難なく読みこなすことが出来た。

 


 30分ほどの面接を終えて、教室の外に出てみると、グランドの向こうには寄居浜の松林が続いていて、その松影に見え隠れしながら、黒マントを翻して遊歩する白線二条の姿があった。それは、歴史の歯車を止めたか、タイムマシンで何年かを遡ったか、何事もなかったかのような昔ながらの姿であった。
 思えば、これはかっての吾が姿でもあったのだが、現実の私には、遠くはるかなものを見る想いであった。