前代表社員長崎真人自分史
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第三部】第十ニ話 ビキニの水爆実験に抗議()
 
第12話

 神奈川に派遣されて1年半。
 当初は「何しに来たのか」「お手並み拝見」と言うような冷ややかな空気だった。その極地が、民青団本部の専断による県委員長の処分に対する反抗から、「お前はスパイではないか」と県党青対部長が私に暴言を浴びせる一幕だった。
 私は隠忍自重、とにもかくにも、ばらばらだった経営・学園・地域の組織を、下から築き上げる事に精魂を傾けた。
 
 レッドパージ後の職場では、残された数少ない同志たちが、厳しい合理化攻勢の中で、窒息しかねない状態に置かれていた。
 私は、その現場の実態を直接眼で見、その声に耳を傾け、理解する事に努めた。
その上に立って、少数の同志が孤立しないよう、展望を失わないよう励まし、相談に乗り、何よりも職場の若い労働者たちの要求・気分を良く掴んで、それを基礎に活動するよう指導した。その主要な手段が班機関紙の発行だった。

 その成果が次第に見え始め、末端の仲間たちの信頼をもとに、私のイニシアが認められつつあった時、予期しない大事件が起きた。
ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験と第五福竜丸の被爆だ。