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理論的には、帝国主義と民族自決権に関する理解について、世界の共産主義運動内部の不一致が根底にあったと言わねばならない。
残念な事に、中国共産党から派遣されてきたオルグと、根っからの台湾人である彼女との間には、方針上も実践上でも、種々しっくりしない問題があり、意見の相違が組織的な対立を呼ぶまでになっていた。
陣営内部の不統一に付け込むようにして、徹底した弾圧に乗り出した日本の警察権力により台湾共産党は壊滅させられ、逮捕された謝雪紅は言語に絶する拷問を加えられた。獄中で結核に罹病し瀕死の状態で釈放された彼女は、幸い、終戦まで生き長らえた。 |
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彼女は、戦後いち早く公然活動を開始、着々と大衆組織の建設を進め、国民党の支配と言う新たな条件下で、台湾人民の生活権を守るために、不屈の活動を展開した。
「2.28民変」では、短期間に強固な軍事組織を作り上げ、卓抜した指導力で国民党の弾圧部隊と戦い、大いに敵を苦しめた。ほぼ1ヶ月にわたる英雄的な戦いは、台湾現代史に燦として輝く、台湾人民の誇りと言うべきでしょう。
戦い利非ず已む無く中国本土に脱出した彼女は、香港あるいは上海で、台湾出身者を組織して「台湾民主自治同盟」を結成し、その主席に選ばれて、台湾解放の戦いを継続した。 |
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