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村松に里子にやられていた時の事です。学校から帰ると、お茶の間に、身なりの良い年配の女性客が座っていて、祖母と何やら話をしていました。私が御挨拶をすると、「まあ、発明なね」と言う。「発明」はハツメと読み村松弁で「利発」(賢い)の意味。「跡取りでなすったかね」と問う。祖母は「いんね、オンサだがね」と応える。「あっか、オンサマだけね」と客は急に語調を変える。
「オンサまたはオンサマ」と言うのは、次男坊の事。地方によっては、山猿の事を、幾分かの親しみと幾分かの軽侮をこめて「オンツァマ」と呼ぶ。はじめ「跡取り」かと問うた時と「オンサマ」かと納得した時とでは、感情の込め方が明らかに違うのです。この客は在郷の地主の奥様だったようで、特別こだわりがあったのでしょう。 |
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私は、すぐ自室に引き下がりましたが、子供心に残った出来事でした。
「家」制度は、戦後、新憲法の成立と共に否定されましたが、今なお日本社会の隅々に観念あるいは風習として根強く残っているようです。 |
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